| ■光圀の美酒へ|TOPへ戻る |
●合資会社東魁酒造代表社員:佐川治平 企業方針:和の心を込めた酒造り ●東魁酒造の歴史 東魁酒造の起こりは古く、いささか信憑性の薄い伝説的なエピソードをもその歴史に含めるならば、安土・桃山時代にまで遡ることができます。 戦国時代の前期、天正2年(1575年)、常陸国(現茨城県)北部で最上氏と上杉氏の間に小競り合いがありました(高貫の合戦)。この戦いに参加していた当時の佐川家当主、佐川甚兵衛はそれなりの首級を挙げたものの、いつしか傷つき、小里の山中深くに迷い込んだと言います。もはや歩くこともできないほど衰弱した甚兵衛はしかし、澄んだ湧き水に行き当たり、その甘露ともいうべき清流を飲んで癒され、一命を取り留めたそうです。その甚兵衛の命を救った湧き水こそが、今、東魁酒造の裏山にあり、東魁山のベースになっているそれだということです。 |
||
伝説はさておき、実際、東魁酒造が設立されたのは、享保14年頃とされています。その後、第二次世界大戦の企業整備に際し、久慈那珂酒造組合長でもあった、当時の佐川家当主佐川忠が率先し、一度は操業中止になりました。が、戦後の昭和30年に忠次男にあたる、現東魁酒造代表合資人佐川治平の手により復活し、現在に至ります。 |
||